ふと、大学時代の教授が言っていたことを思い出した。
自分で小説を書いて発表するっていう恥と外聞(はまあほかの学部に伝わるわけでもないので外聞はそうでもないか)を飼い慣らさなきゃならん授業があったのです。
で、その授業の中で教授が「わたしはねー、小説の改行ってやつが嫌いなんですよ。あれやるとなんか雰囲気が出ると思ってるでしょう」とまあ、完全書き起こしではないし記憶があやふやなので大意ではあるんですが、まあともかく小説内の改行というやつが嫌いらしかった。
いやいや。どうすんの、それ。大半の小説嫌いじゃんすか。虐殺器官なんて二行目でアウトじゃんすか。
もちろん、そこには色々な文脈があるのだろうけど、そのことについて詳しい部分を知らないわたしの中には「先生は改行がお嫌い」という情報だけがインプットされてしまったわけです。
その弊害なのか、趣味で小説を書くときに改行の使うときにすごい後ろめたいものがあるのです。
改行しようとするたびに手が止まりそうになる、この何気ない一言による楔というのは中々厄介です。
こういうのを、言葉の力とか言霊というのだろうか。なんて思った、今日この頃。